写真家 樋貝吉郎(YOSHIRO HIGAI)オフィシャルサイト - スタジオフィッシュアイプロダクト 目次 -

youtube.gifvimeo.pngfacebook.gif




winterelement_2014_228_331.jpg

 “Winter Element” という言葉に出会ったのは今から 7年ほど前のことだ。クリエイティブスノーボーダーMike Basichのストーリーを書くことになりメールで幾つか質問した答えのなかにこの言葉が入っていたのだ。エリア241と自身が名付けた人里離れた基地。
冬というものに完全に入り込む為に日常から隔絶された自分だけになれ る空間を自ら作り出し、そのなかに身を置いた。

 自分にとって冬の要素とはなんだろう。雪を疎ましく思うのは北国の人だけだと思っていたが、トウキョウに雪が積もった時も親の仇のように掻く人々を見かけた。どうせ溶けるんだから、ほっておけばいいのに…やはり、雪が降ると、よろこぶヒトと嫌うヒトがいる…。寒さ、除雪、凍結、クルマの準備… 億劫になる要素はいくらでもある。そこで暮らすものにとっては日常であり、週末だけ滑りを楽しむものには非日常である。それらを重ね合わせるためだったのか、しょうがなくだったか、日々シャベルを握った日もあった。実際、体を動かすと内側から充実して、ときに素手、肌着になれるくらいのときもある。が、それも遠い記憶だ。

 どれだけ雪のうえを滑りまくっていても、本当に冬を味わっているかはわからない。窓が結露するほど外界と隔て、ナイロンとプラスチックにくるまれていたら、突き刺ささる痛みも、それを超越した感覚、覆いつくす白もまるで味わっていないだろう。太古の昔から人々が髪からヒゲまで凍らせながら、両手に吐息をかけ、血を通わせ、肌が凍らないようにした、あのギリギリの感覚を味わってはいない。

 雪もつららも結晶も、なぜなのかはわからないが、気持ちを高揚させてくれる。それは雪国生まれでないからこそ、抱くことが出来た特別な何かを期待させた幼い頃の記憶がそうさせるのかもしれないし、それだけではない何かも感じる。いつも それに近づけそうで、忘れてしまうのだ。


 あなたの“Winter Element ”とは何でしょう?
 ご来場頂きましてありがとうございました。
  YOSHIRO HIGAI

SLOPE GALLERY




whatsnew.gif